秋雨夜話 ジャンル:和風ファンタジー(平安時代モドキ)


あらすじ
九尾の狐・玉藻は、ある日でかけた市で公達に出会う。それは百年前に別れた、彼の最愛の主にそっくりだった。
公達に懐いた玉藻は、彼の邸宅で過ごすようになる。
殿上童として宮中に出仕するようにもなったそんなある日、とんでもない事件が起こってしまう。

中間部


その香りが清涼殿で風に聞いた香と似ている事に思い至り、玉藻はあっと声を上げた。
「爽聞だ」
 ほら、ここが固い。などと評し始めた基彬の言葉を聞かずに、玉藻は筆を置く。くるりと振り返り、基彬の袍の胸元掴んでそこへと鼻を埋める。緋の袍からは基彬の使う香と基彬自身の匂いが混ざった香りの中に、微かに爽聞と呼ぶ雲閣で玉藻の眷族が好んで使う香りがあった。
「玉藻、玉藻。膝が当って少しばかり、その」
 その爽聞に混じる別の香を思い出そうとさらに鼻の頭を押し付けていた玉藻は、基彬の声に顔を上げる。常の初秋と異なり肌寒いばかりの夜だというのにもかかわらず、基彬の頬はのぼせたように赤く染まり、額にうっすら汗が浮かんでいる。
「膝?」
「そう、膝だ。その、少しばかり具合が悪いところに当って差し障っておる」
 首を傾げて自分の膝を見る。袴と下袴越しに当る固い感触に、慌てて体を離そうとして体勢をかえって崩す。床へ基彬を押し倒すような形で乗り上げた玉藻の首筋に、基彬の熱い溜息がかかる。
 かくんと体中の力が抜けて、玉藻はそのまま基彬の胸へと倒れ込んだ。
「温かいな、子供の体は」
 背に腕が回され、きゅっと抱きすくめられる。トクトクと聞こえる自分の鼓動が浅ましく、基彬に聞かれないかと玉藻はひやりと焦った。
「まだ文月だと言うのに、長く雨の夜ばかり続いて肌寒いからかな。検非違使庁や衛門府での毎晩の宿直、大袿被っても寒くてな。何度玉藻を呼ぼうとした事か」
 耳元で囁かれ、ぼうっと頭が霞立つ。回された腕が何度も背を撫でていくのに、吐息が熱くなり始める。みずらの垂れた髪に指を絡ませられて、悪戯に引かれる。
「呼んでくだされば、玉藻も共にお仕事手伝いましたのに」
「男ばかりの殺気だったところにお前を呼んだら、大変な事になるからと自重しておった」
「玉藻も、玉藻も主様がお戻りにならず、寂しかった」
 可愛い事をと囁かれ、額に口付けられる。ふわふわと何処か頼りない体を基彬に預け、されるがままに腰で止めた紐を解かれ、水干袴の腰紐も緩められる。
「あのう、あのう。このままのお姿では困りませんか?」
 衣を脱がされ、北の方から頂いた単姿にさせられる。襟元をはだけられ首のあたりを擽られて震えながら、基彬に問いかける。
「一度はこの見える耳に触れては見たいが」
「されば」
「いや、今は良い。擽られそうで差し障る」
 耳と尾を出そうと上の体を起こした玉藻に、基彬の目が優しく笑いかける。それだけで体が蕩けて流れ出しそうになり、慌てて基彬の首にしがみ付く。
「耳と尾ではなく、その、童姿より女性姿の方が主様のお好みではないかと」
「どの姿も玉藻である事は間違いないだろう? だったら、そのままで良い」
 美しさに秀でた女性。それが西国で慕った人の好みだったのに、目の前のそっくりな公達はどんな姿ではなく、玉藻が欲しいと事も無げに言う。それがあんまり嬉しくて、眼の端から涙が滲む。
 袴が取られ、下袴も脱がされる。ひやりと冷たい夜気が玉藻の腿と尻を撫で、それを追うように基彬の熱い手が肌を撫でる。首筋に、胸にと唇を落とされるたびにそこからちりちりと燃えるような熱さが移る。
「辛かったら、遠慮せずに言いなさい。無体な事は、したくないから」

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