The pot : 01 




 後の世に言う、紅茶戦争の口火を切ったのは、5年前。いわゆるサイトーキッチンの会戦でまだ無名だったポット・ム・ジルシが奇跡的な勝利を収めたことから始まった。
 当時、サイト―キッチンを支配していたハロッズ第十四艦隊は1ヶ月後には撤退を余儀なくされ、十四艦隊に付き添っていたフォートナム艦隊もまた、サイトーキッチンから去った。
 ハロッズとフォートナムに蹂躙されていたティーセット達は、新たなる英雄の出現に歓喜した。
 だが、出る杭は打たれる。ジルシの活躍を快く思わなかったメリオールの暗躍によって、ジルシは一時不当なまでにその地位を追われた。
 その不和に付けこんだリーフ帝国は新たな編成を行ない、ティーセット達に白き手袋を投げつけた。グレイ伯爵と後継者でもあるプリンスを旗頭に、ダージリン、モーニングを左翼へ、アッサム、ニルギリを右翼へと配した美しいまでのその布陣に、ティーセット達の奮闘もむなしく、食器棚星系はリーフ帝国の手に落ちた。
 メリオールはその連敗の責任を取って表舞台から身を降ろし、ジルシがその不利極まりない戦闘の後を引受けた。
 第一次北畠家食器棚会戦は今まさに始まろうとしていた。

「提督、どうしますか?」
 散文的には彼の副官であり、詩文的には彼の勝利の女神でもあるブランジュ・オブ・ティーリビングは、ジルシの横顔を見上げた。
 眼下に広がる広大なステンレスの上には、敵缶(誤字にあらず)が林立している。
「さて、どうしようか。キャディー、君なら、どうする?」
 ブランジュの弟でもあり、ジルシの愛弟子でもあるキャディーは細い指を敵缶を模した紙の上で滑らせた。
「僕なら、そうですね。まずはこの、ユズを攻略します。圧倒的に数が少ないから、それほど時間はかからないでしょうし。続いてこのニルギリ艦隊ですね。彼を落とせば、リーフ帝国のキャニスターの座が一つ空きます。これまでの経緯を見ても、そこにシグブリが入るのはまず間違いないでしょうし、そうなれば、シグブリは一時、前線から引くと思われます」
 無言のままにジルシはうなずくと、ヤ・カンの方を向いた。ヤ・カンはその赤銅色の巨体を起こし、次の命令を待つ。
「目標はニルギリ、それ以外は相手にするな」
 動揺が、ティーセット達の間に走った。
「何故と、お聞きしても良いですかね、先輩」
 一人、驚かずにいたカフェ・サーブの問いに、ジルシは下手なウィンクを見せた。
「キャディーが云ったとおりさ。ニルギリが落ちれば、キャニスターの座が空く。そこに3分の1の勢力を持ったシグブリが入ってくれれば、この戦闘も少しは楽になるさ」
「では、攻略に誰を向かわせます?」
「そうだな、ピッチャーが良いかな。フォーメーションはダブルクーリング。コードネームは、アイスティーで良いだろうね」
 クー・ラー・ピッチャーは敬礼をすると、すぐに敵に向かうべく、司令室を後にした。
「補給の方は任せておけ。いくら派手に使っても良い様に、氷の方はたっぷり用意した。だが、本国がなんと言うかだな。あいつらは前線の事情なんぞ知らずにニルギリでは不足だとでも云いかねん」
「それはそれ、冷少将の腕の見せ所でしょう?」
「やれやれ、俺はいつからおまえのスポークスマンになったんだか」
 ティーセット軍補給担当責任者の冷・蔵庫は、苦笑しつつも本国に対する言い訳を百通りほど考え、それの3倍の呪いの言葉をリーフ軍に心の内で叩きつけた。
「目標はニルギリ、フォーメーションはダブルクーリング。クリームダウンを起こしても、焦るなよ」
 下手な冗談を付け加えて、作戦会議は終わった。一人浮かない顔のまま席を立ったキャディーに、シュガーが声をかけた。
「どうした、少年。元気が無いな」
「シュガーさん」
 ゆっくりを頭を振りながら、それでもけなげに笑おうとする少年に、シュガーは囁くように云った。
「ジルシが君と同じくらいの時は、まだただの学生だった。(へ?)君の姉さんが君の年の頃はどうだった?この艦隊の中だけ見たって、今の君以上に名の知れたやつはいなかったさ」
「分かってはいるんです。でも、感情が納得しなくって」
「俺が君と同い年だった頃は、どうやって女性をくどくかしか、考えちゃいなかったさ。(あの、どうやって砂糖が女性をくどくの?)なに、少年にもすぐに出番が来る。どうだい?敵ながらピーチ嬢はさながらジャンヌダルクのごとき美貌と聞いたぜ?」
「僕じゃあ、あの女騎士の尻にしかれて、こき使われるのが関の山ですよ」
 ビジョンで見た、勝気な女将軍の姿を思い出しながら、キャディーはくすりと笑った。
「少年には笑顔が一番さ。さて、そろそろ俺も準備をしなくちゃな」
「シュガーさんも出るんですか?」
「蜂蜜だけに戦線を任せる訳に行かないだろう?女嫌いのやつに任せていたら、人類の最大の宝が失われちまう」
 片手をあげて離れていくシュガーの背に頭を下げてから、キャディーは外を眺めた。
 だがこの時、驚くべき展開でこの会戦が終わることを予想し得たものは、リーフ、ティーセットの両陣営には一人もいなかった。


――――――――――――続く(んだよ、これが)

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