The pot : 02 




 長く続く回廊に、庭からはみ出た牡丹がその白い花弁を惜しみなく広げていた。
 常時であれば風雅を解さぬ邸宅の主人でも、彼女に目を止め、詩の一つも詠んだであろう。だが、回廊を行き来するのは無粋に大きな音を立てて急ぎ足で過ぎる者達だけだった。
 その青年もまた、他の人同様急ぎ足で回廊を進んできたが、大きく腕を伸ばし白い花弁を見せ付ける牡丹に気がつく程度の余裕は合ったらしい。ついっと欄干に寄ると、花を痛めぬ様に枝を指で挟み、そっと欄干の外へとその花を寄せた。
「残念だが、今日はお前を愛でる余裕のある者は通らないよ。それどころか、いずれ誰かは粗相をして、お前を壊してしまう」
 残念と相槌を打つように枝が揺れるのを眺めたあと、青年は先を急いだ。呼ばれた部屋へと入ると、彼の主人は悪戯っぽく笑っていた。
「遅かったな、カスター」
「そこで、玲瓏たる美女に逢ったもので」
 さほど女遊びに興味を持たぬ彼の主人と言えど、玲瓏たる美女に心を動かされたのか、入ってきたばかりの戸口に目をやる。主人に仕える古参の者が咳払いをしなければ、好奇心の強すぎる彼の主人は会議をほって見に行ったかもしれない。
「白牡丹ですよ。見事な花をつけた」
「何だ」
 浮かした腰を椅子に戻し、彼の主人はくすくすと笑う家臣達をねめつけた。
「オペラ様もお聞きと思いますが、リーフとティーセットが戦火を切りました」
 咳払いをした家臣---ビスク・オレンジは広げた宙図の片隅を指で指し示した。
「ティーセット側は、ジルシが出陣しているとの事。一方、リーフ側もキャニスターの一人、ニルギリと、プリンスを出しております」
「どう思う?カスター」
 オペラはまだ年若い彼の軍師を促した。
「どの程度を望まれるかによりますが、うまくすると、先の戦役で取られた棚を一つ、取り返せるやも知れません」
「根拠は?」
「リーフ側が、ティーセット相手に苦戦するからです、オレンジ殿」
「かなり兵力に差があるようだが」
 ビスクの脇で黙っていたサブレ・ピジョンが、宙図の上に薄い紙を置き、リーフとティーセットの兵力を書き記す。
「いくら兵力があっても、うまく使えなければそれは力になりません」
 カスターはニルギリと書かれた数字に大きく×印をつける。
「私が、ジルシ提督であれば、まず彼を攻めます。キャニスターが一つ空けば、リーフ本国で勢力争いが起こります」
 なにか云いたげなサブレを制し、続けるようにオペラはカスターを促す。
「そうなれば、リーフの宮廷は荒れますし、混乱に乗じてプリンスを廃そうとする動きも現れるでしょう」
「根拠は!?」
「ここに」
 カスターは懐から一通の書状を出し、卓の上に乗せた。流れるような美しい字で綴られているのは、プリンスの能力に疑問を投げかける言葉。最後に記された署名は。
「ルー・ジィン・ガン。皇帝の庶子と噂のある彼が、黙ってプリンスの失脚のチャンスを見逃すでしょうか?」
「勝算は、あるのか?カスター」
「棚を取り返す程度であれば。もともとあそこは我がスィーツのもの。筋も通ります」
「なるほど。そこまですでに計画があるなら、軍の編成もお前の頭に入っているんだろう?カスター」
 子供に偽って隠しておいたお菓子を見つけられた大人のように、困った顔で笑いながらカスターはもう一つ書状を取り出した。黒々とした墨書のそれには、すでに配軍さえも書き記されていた。
「先陣は、カラメル殿にお願いしたいと思います。それと、出来ればタタン将軍にも。本陣にはピジョン殿とスコーン殿を」
「云っておくがカスター、誰が何を言おうと、俺は戦場に出る」
 書状の真中に書かれた先陣の中に、オペラは自らの名を書き記す。
「オペラ様!」
 すでに留守居役と、自ら悟っていたオレンジはそれだけはと主に懇願をし始めた。
「もし、万が一にも先陣でオペラ様が敵刃に倒れることになれば、事はスィーツの国運さえも危うくしかねませぬ。どうか、どうか爺のためにもそれだけは止めて頂きたい」
「だが、大将が赴かん戦など、筋が通らぬ」
「リーフのカイザーが自ら戦に出ることはありませぬ」
 縋りつくようなオレンジの視線を振り切って、オペラはカスターに助けを求めた。だが、カスターも渋面を浮かべて首を振る。
「生憎ですが、私もオレンジ殿と同じ意見です。出来れば、オペラ様には居城に留まってもらいたいと」
 それが無理なら、せめて本陣。言外にそう告げるカスターから、部屋の隅で会議の成り行きを見守っていたカラメルへと、オペラは救援を求める。
「ムース、お前はどうだ?俺が先陣にいれば、兵士達の士気も上がるし」
「え、あ、あの」
 オペラやカスターと同い年のカラメルは、困ったように首を傾げた。
「俺、あ、いや自分としてはその、出来ればオペラ様には本陣程度で我慢して欲しいかなーっと」
「なぜ!」
「だって、オペラ様ばかりに戦で功を立てられたら、臣下としてはちょっと」
 噛みつきかねないオペラに苦笑いをしながら、カラメルはカスターに助けを求めた。
「そう云うことですよ、オペラ様。臣下の働きを見つめているのも、上に立つものの仕事です」
 書き足されたオペラの名を線で消し、本陣の最後に改めて記す。
「先陣は、ムース・オ・カラメル殿、タルト・タタン殿。本陣はサブレ・ピジョン殿、パンプキン・スコーン殿、大将はオペラ様、後陣にはクリーム・シフォン殿。何か異存がございましたら」
「思いっきりあるぞ!カスター、お前は先陣にいるつもりだろう!」
 噛み付く先をカスターに戻し、オペラは大きな声で異議を唱えた。それに従うべき家臣は、見ぬ振りをしている。
「戦況を見ませんことには、軍の策は考えられません」
「嘘をつくな!前の前の戦の時は具合が悪いと本陣で臥せりながら、策を考えただろうが!」
「あの時は、あの時。今回と敵も事情も違いますし、第一、」
 言い訳がましく反論しようとしたカスターの手から筆を取り上げ、オレンジは本陣に軍師と書き加えた。
「軍師カスター・ド・シュークリーム殿は本陣付。以上、各々方ご異存ありませんな」
 一番年長のオレンジにねめつけられては、カスタード言えどその意見を受け入れるしかなかった。
「急ぎ軍を取りまとめ、出立の仕度を。出陣は五日後。取られた棚を、取り返せ」
 主君の激に、スィーツの家臣団は立礼でその言を受け入れた。

 こうして、第一次北畠家食器棚会戦に新たなる一石が投じられた。その石が描く波紋が会戦にどのような影響を与えるのか。その図を未来のものとして捕らえているのは、未だ、唯一人でしかなかった。

――――――――――――続く(んですごめんなさい)

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